迷走東大生ブログ

起業とかビジネスとかフリーランスとか。意識高い系なブログです。

自分らしさとは何か、勘違いしてませんか?

 

自分らしさ

 最近ポーカーにどハマりしてます。ふっくーです。

 

なんだか最近まわりの友達を見てると「同じことばっかやってるな」 と感じてしまいます。

会話の内容といえば「宿題やべー」か「単位やべー」か「授業やべー」

SNSの内容といえば「寝坊なう」か「食事なう」か「宿題なう」

 

・・・何が楽しいんですかね?

僕だったら「自分の生きる意味」とか考え出して夜も眠れなくなりそうです。

 

まあそれは置いておいて、今回は自分らしさについて一言言っておきたいと思います。

よく言いますよね。「自分らしく生きろ」とか。でもそもそも「自分らしさ」ってなんでしょう。

言葉の定義をよくわからないまま使うって結構危険ですよね。だって「自分らしく生きる」を目的としている人がいたとして、自分らしさが定義できてなかったら一生迷走しっぱなしじゃないですか。

あなたもこういう言葉、使っていませんか?

「幸せになりたい」とか言ってませんか?

 

ただ個性的であることは簡単

例えば、僕が今から何にもとらわれない自由な絵を自由に書いたとします。

それって間違いなく独創的で個性的ですよね。

じゃあその絵の価値はいくらでしょうか?

 

ほぼ0ですよね。

そんなものに価値なんてないし、全然美しくないものになるはずです。

さてここで疑問が生まれます。個性的であることに価値がないなら、個性的であることと自分らしくあることは違うものなのでしょうか。

 

僕はそれほど違いはないと思っています。

ただ、使う人の気持ちが違う。

「自分らしい仕事に就きたい」と言う時、その人は「収入はほぼ0でも個性的な仕事をしたい」わけではありませんよね。しっかりと価値を生み出し、かつ個性のあるものがいいわけです。

でもそれを自分で1から作るのが難しいことくらい誰でも分かりますよね。

 

まずは模倣しろ。自分らしさはそれから

何かをする時に自分で全部実行&修正をするのはハッキリ言って時間の無駄。しっかり価値のあるものを生み出したいのならまずは成功者に頼り、成功者の模倣をしましょう

守破離ってありますよね。あれの「守」です。

「破」はそれから。最初から模倣もせず破壊しまくってたらただの個性的すぎるアーティストです。前衛芸術っていうんですかね? あれ正直見てて痛いですよね。

 

そもそも個性なんて隠したくても隠しきれないものです。完全に真似たと自分で思っていても、十分に個性が溢れていたりします。

だから模倣したくらいで個性はなくなったりはしません。それで消え去るようなものであれば、それは個性ではないもっと別の何かです。

 

模倣するなら徹底的に

最初のうちはもう何から何まで全部真似するつもりで徹底的に模倣してください。

「なぜ成功者はこうしたのだろう?」と考えるのは成長には必須ですが、だからといって「これは自分にはいらなそうだ」とか「これは間違っていると思う」という勝手な判断で中途半端に模倣するのはやめてください

最初のうちはまだ物事を正確に判断出来るだけの知識も経験もないので、自分の判断よりも成功者の判断を信用しましょう

まあ、本当に必要のないものはそのうち自然に消えていきますけどね。

 

まとめ

価値と自分らしさを両立させたいなら、最初は自分らしさなんて考えず徹底的に模倣するのが一番の近道です。

とはいえ模倣する人を間違えると大変なことになります。人はしっかりと選んでくださいね。

間違えた選択をしたと感じたなら、中途半端にアレンジをするより別の人を選ぶことをオススメします。

 

それでは。